百人一首の世界

『二条院讃岐姫ゆかりの地』


わが袖は
潮干に見えぬ 沖の石の
人こそ知らね 乾く間もなし

この歌は、平安時代に、二条院讃岐姫(にじょういんさぬきひめ)が詠んだ小倉百人一首の中の一首です。

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この『沖の石』が田烏の沖に浮かぶ小さな岩礁です。古来、若狭は大陸交易の中心地として栄え、また、朝廷の食材をつかさどる御食国(みけつくに)としても重宝され、貴族や寺院の荘園も数多くありました。父、源頼政が平家との戦いに敗れ、讃岐姫も当地へ流されたと伝えられています。



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『わが袖は~』の一首は、小倉百人一首の第92番歌です。

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この棚田は、「御所平」と呼ばれ、讃岐姫の居館がありました、今は庭の一部に石碑が建てられています。

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集落と田烏の海を見渡す永源寺。讃岐姫の菩提が祭られています。


毎年11月にかるた大会を開催

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二条院讃岐姫ゆかりの地にちなみ、毎年、永源寺にて『二条院讃岐姫かるた大会』を開催しています。二条院讃岐姫は、百人一首の中だけの人ではなく、かるた大会を通して、田烏の人々の心にも次世代に受け継がれていきます。



短歌大会の開催

平成25年、二条院讃岐姫の菩提が祭られている田烏の永源寺で短歌大会が行われました。
平安の時代より800年の時を経てゆかりの地での大会です。昨年は600名から約1000編の作品の応募があり、作品の『詠草集』ができました。

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短歌大会詠草集には600名1000種の短歌が掲載されています。

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短歌大会では、讃岐姫居館跡の現地視察も行なわれます。