巾着網漁法発祥の地(田烏)


田烏の漁業の変遷

明治28年全国初の簡易水産学校が小浜に誕生。
明治32年1月田烏小学校で簡易水産学校校長による講演会が開催される。
この時に全国に先駆け、巾着網漁法の導入を決める。
明治33年2月鰯採捕用の地引網に代用して巾着網での操業が開始された。
田烏は巾着網の発祥地とされている。
明治45年6月鯖大漁 この機をきっかけに鰯とは別に、鯖専用の巾着網が作られた。
大正にはいり田烏の巾着網組合が、高浜・和田・三方などに出向き、巾着網の指導・普及を行った。このあと各地で巾着網漁が行われるようになった。
大正13年発動機船による初操業、大漁を図る。
この頃より、遠洋出漁する、近県の舞鶴近海まで出漁。
昭和18年3つのサバ巾着網組合が統合して田烏鯖巾着網組合ができる。
昭和28年昼の操業から夜の操業へ、集魚灯を使う漁法に切り替わる。
昭和48年創業以来の漁獲高を記録する。
昭和62年12月約80年の歴史に幕、解散する。